津原泰水を発見せよ

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津原泰水を発見せよ ファイナル

2019年10月04日 21時09分28秒 | 本 (日本文学)
 小説家津原泰水(つはら・やすみ)を紹介するシリーズ、「津原泰水を発見せよ」を6月半ば以後、4回書いてきたけど、まだまだ作品が残っていた。たくさんの文庫本を買ってしまったので、読み切ってしまおうと頑張って9月で終わった。まだ書くのかと思われるだろうが、「ファイナル」ということで。

 何で津原泰水を読んでいるのか?時間が経って忘れている人が多いだろうから、一応思い出しておく。津原氏がツイッターで、幻冬舎刊の百田尚樹日本国紀」を批判する投稿を続けたところ、同社から刊行予定だった「ヒッキーヒッキーシェイク」の文庫化が中止になった。加えて、幻冬舎の見城社長が同書の実売部数を明かす投稿を行った。そんな「騒動」で「津原泰水って誰?」という関心が高まったためか、三省堂書店本店文庫売り場に津原コーナーが作られた。(9月末にはまだあった。)僕も少し買ったら、とても面白かった。で、もっと買ってしまったわけである。(ちなみに「ヒッキーヒッキーシェイク」は早川文庫から刊行され、売れているようだ。こんな面白い本を幻冬舎は上手に売れなかった。)

ルピナス探偵団の誘惑(2019.6.19)
「ブラバン」、ビターな青春小説(2019.6.30)
凄いな「ヒッキーヒッキーシェイク」(2019.7.19)
奇書「瑠璃玉の耳輪」(2019.7.21)

 今までに以上の4回を書いた。もう2ヶ月前なのか。以上の4冊は長編が多い。「ルピナス探偵団」シリーズは短編連作だが、他は津原氏には珍しい長編小説だ。実は「11」(イレブン、2011、河出文庫)の冒頭に入っている「五色の舟」が凄い傑作で、代表作だとよく出ている。だから割と早く読んでみたんだけど、確かに驚くべき小説だった。内田百閒や小松左京に続く「くだん」小説でと言っても、知らない人には伝わらないな。「異形の家族」と裏表紙に出ているが、ここまでトンデモ小説とは思わなかった。

 「11」はパトリシア・ハイスミスの「11の物語」の影響で付けた題名だという。確かにハイスミスに負けないような短編が集まってるが、僕はこの「五色の舟」を最初に読まない方がいいと思う。作品設定もなかなか飲み込めないし、文章も判りにくい。だんだん判ってきて、これは凄いぞと思ってくるけど、いくら傑作と言っても最初に「五色の舟」を読んじゃうと付いていけないかも。だけど津原泰水の本領は幻想・怪奇・SF的な短編にある。そこで時間的に早く書かれた「綺譚集」(2004、創元推理文庫)から読む方がいい。そっちも「天使解体」「サイレン」という人を遠ざける小説から始まっているが。
 
 「綺譚集」の「聖戦の記録」や「ドービニィの庭で」などは、読む人の世界観を間違いなく揺さぶる小説だ。こんな小説を書く人が今の日本にいるんだと知って欲しいと思う。時に読みにくさはあれど、世界の深さを存分に味わえる短編小説群は、津原ワールドの真髄だ。そっち方向の最大の問題作は「バレエ・メカニック」。はっきり言って、何が何だか判らない。SFであり、幻想小説であり、シュールレアリスム小説でもあるが、まさに「電脳小説」。なんで日本語で書かれた小説に、「ボヴァリー夫人」や「ソロモンの歌」(トニ・モリスン)と同じぐらいの時間が掛かるのか。でも判ってくると、もうビックリの世界だ。「11」と「バレエ・メカニック」はともに表紙に四谷シモンの人形が使われている。

 「ヒッキーヒッキーシェイク」もちょっと似ているけれど、そっちは途中から読みやすくなる。「バレエ・メカニック」は最後の最後までよく判らないが、それでも魅力がある。こんな読みにくい小説ばかり書いているのかというと、もちろんそんなことはない。エンタメ作家として、とても多くのジャンルを自在に書き分けている。もとは「少女小説」を書いていたこともあり、新潮文庫に3冊ある「クロニクル・アラウンド・ザ・クロック」シリーズは入手しにくいかと思うが、「青春ロックミステリー」という読んだことのない小説だ。ギターの知識がないと、判りにくいが。「たまさか人形堂」も人形をメインテーマにした連作で読みやすい。少し薄味だと思うが、人形愛をうかがうことが出来る。

 そんな「読みやすいエンタメ」系で一番面白かったのが「歌うエスカルゴ」(2016、ハルキ文庫)だった。もとは「エスカルゴ兄弟」の名前で出ていたというが、知ってる人はほとんどいないだろう。これは滅多に読めない面白本で、傑作ユーモア青春グルメ小説である。讃岐うどんの店に生まれた主人公が、伊勢うどんの店に生まれた娘と知り合う。それをロミオとジュリエットばりに盛り上げてゆく。メインストーリーは、出版社に就職したつもりの主人公が、「らせん」に取り憑かれた写真家が開くエスカルゴ料理専門店に「出向」させられる話。三重県松坂に、大規模なエスカルゴ養殖を試みる鉄工所の社長がいる。そこへ「研修」に行き、伊勢うどんソフィー・マルソー似の姫に出会うわけだ。

 これは素晴らしく面白いコメディ映画になるだろう。テレビでもいいんだけど、けっこうエスカルゴもレアな食材だし、出てくる話もテレビ向きの範囲を飛び出る傾向がある。やはり映画かなと思う。主人公が工夫するエスカルゴ料理が実に美味しそうだ。だがそれ以上に、あぶらげにチーズを入れて焼いただけのつまみなどがメチャクチャおいしそう。僕はエスカルゴを食べたことないんだけど、日本で安く出てるのはまがい物だそうだ。本当はおいしい貝なんだとか。エスカルゴ店を開く前は、吉祥寺の立ち飲み屋だったという設定もよく出来ている。登場人物が皆少し変なのも笑える。角川春樹事務所の「ハルキ文庫」なんて知らないかもしれないけど、こんな小説が埋もれていたとは。